ゲームは才能なのか 『勝つ』ために、自分の才能の活かし方を考えよう
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はじめに

さて、今回は才能に関しての私の考え方を述べていこうと思います

Twitterでてきとーに呟いたら言葉足らずで結構色んな人から怒られたので、もっと言葉を増やして解説します

私は合理主義者の面が強いので発言で傷つく人がいるかもしれませんが、基本的には人の為になる情報を発信していこうと思っているので、一応最後まで読んでみてください

ゲームをする目的とは

そもそも皆さんはなんの為にゲームをするのでしょうか

色々な答えがあると思いますが、統合すると、『楽しいから』に尽きると思います

人間は余暇時間に楽しくもないことをするような生物ではありません

しかし、この楽しいからという理由は全員に共通しているかと思いますが、何によって楽しさを見出しているのかは人によって異なります

キャラクターが好きだから、BGMが心地いいから、自分が成長するのが楽しいからなどその方向性は人によって様々ですが、『他人』を意識する必要がないのであれば、これから先の話は関係ありません

しかし、『他者に勝つこと』に楽しさを見出すのであれば、これから先の話を読んでいく必要があります

誰かと競い合って勝つ、負けるという行為は、『他者との比較』という相対的なものさしで測られるものであり、そこには才能の差が必ず関わってくると私は考えているからです

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才能ってなんだ

今の日本では才能という言葉の定義が曖昧なせいで、この言葉を使うと感情的になる人達が多くいるようです

正直自分の中でも曖昧なので、2つの辞書の定義を見てみましょう

物事を巧みになしうる生まれつきの能力

デジタル大辞泉(小学館)

物事をうまくなしとげるすぐれた能力。技術・学問・芸能などについての素質や能力

三省堂 大辞林 第三版

この2つの辞書を見ると少し方向性が違って、小学館のほうは『生まれ持っての天性の能力』にフォーカスしていて、三省堂のほうは『能力』とほぼ同義で使っているように思われます

私の定義としては小学館のほうが近いので、この記事では才能という言葉を『物事を巧みになしうる生まれつきの能力』という意味で使っていきたいと思います

才能を否定する奴は無責任

才能が重要であるという話をすると、必ず私はそうは思わないと反論してくる人がいます

その内容は様々ですが、的を射た反論は今までに一度も見たことがありません

実は、練習努力と言い換えてもいいでしょう)がどれくらい技能の上達に寄与するかという研究は既に様々な方面で行われています

以下のプリンストン大学の研究によると、練習が上達に寄与する割合は、ジャンルによって異なりますが、平均すると12%、ゲームの場合は26%程度しかないという結果が示されています

https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797614535810

もちろんこの数字がそのまま当てはまるわけではないですが、少なくとも同じ努力でも一気にトップになれる人もいれば、どれだけやってもうまくなれない人が存在するというのは、経験則的に分かるのではないでしょうか

こういった努力では埋めようのない生まれ持った能力の差を、私は才能と言っているわけです

極端なことを言ってしまえば、先天的に四肢がない方がサッカー選手として活躍できるわけはありませんし、聴覚障害を持つ方が一般的な基準のピアノコンクールで入賞することは不可能です

才能は存在しないという人は、そういった方々にも努力すればなんとかなると無責任に言うのでしょうか

才能を認めた上でどうするか

勘違いしてほしくないのは、努力が無駄だとか、才能がないなら諦めるしかない、といった話をしたいわけではありません

私は、才能を否定してただひたすら努力すれば上達できるというなんとも無責任で非合理的な考え方を否定しているのです

中には才能のことを考えると上達の妨げになるという人もいましたが、真逆です

必ず存在する才能という存在を否定することこそ、上達の妨げになります

私はこれから、全ての人間には生まれ持った才能があり、それは人によって異なるという前提の元、それをどうやって活かしていくべきかについてお話します

自分の才能を活かす

経済学の理論には、『絶対的な能力が全て劣っていたとしても、自分の中で相対的に得意な分野を伸ばすことで、全体の利益に貢献できる』という理論があります

私は人の才能もこれと同じだと思っています

全ての人には様々な才能が複合的に存在し、それぞれ相対的に見ると能力にばらつきがあります

ならば、自分に備わる複数の才能の中から、相対的に優れたものをきちんと把握し、それを活かした戦略を立てるべきなのです

その為にも、自分の劣っている才能と優れている才能を、感情的にならず客観的に把握することがとても大切なのです

才能を活かせる場所を見つける

才能を活かしたいのなら、活かす為の場所も重要です

もちろんただ楽しむだけなら問題はありませんが、勝ちたいと思っているのなら、自分の才能を活かせる場所を選びましょう

例えば、長距離走が得意か短距離走が得意かは遺伝で決まっているので、長距離走が得意なのに短距離走を選択することは非常にもったいないです

専攻でも職業選択でも、場所選びは非常に重要ですよね

複合的な能力が求められる性質のものを選ぶという選択肢

もし自分にはいまいち才能がないと思っているのなら、複雑で様々な能力が求められる性質のものを探すといいと思います

例えばサッカーなら、足が速い人、体が大きい人、テクニックがある人、判断力がある人、キャプテンシーがある人など、色々な才能を持った人が自分の得意な部分で実力を発揮することができます

サッカーは足が早ければ勝てるような単純なスポーツではありません(余談:Twitterでこの話をしたところ私は足の遅いテクニックキャラだなと予想していた人がいましたが、私は体の強い俊足FWでゴリゴリ前線を突破するタイプでした)

私がFPSというゲームジャンルが好きなのも、複合的な能力が求められ、色々な能力の人と一緒に活動できるというサッカーと似た性質があるからです

もちろんFPSは反応速度が速ければ有利ですが、それだけで勝敗が決まるゲーム性では全くありません

反応速度が遅くても有利な状況を作る判断力があれば撃ち合いに勝てますし、仮に全ての能力がMAXの最強人間が相手だとしても、複数人で挟み込めば必ず倒すことができます

もちろん撃ち合いの技術が低くても、チームを引っ張る司令塔として活躍することもできます

このように、複合的な能力が求められるゲームなら、自分の相対的な才能を活かしやすいと思います

『全ての人には才能があり、人によって輝ける場所が異なる』

このように考えると、才能という言葉にネガティブにならずに済むのではないでしょうか

まとめ

それでは今回のまとめをしていきましょう

・『勝つこと』を目的にしているのなら、才能という言葉から逃げてはならない

・自分の才能をきちんと認めること

・自分の才能を認めた上で、相対的に得意な才能を活かす

・自分の才能を活かせる場所をきちんと見つけること

今回の記事をまとめると、こんな感じになります

皆さんの参考になれば幸いです

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